学生時代のこと----生態学ゼミ

 大学時代、ワタシは文学部なのに農学部の学生で作る「生態学研究会」というサークルに入っていた。メインのサークルが忙しくなって1年ほどで辞めてしまったのだが、今西錦司先生の著書を輪読したりとか、けっこう楽しかったなあ。

 

 夏休み前のある日、部長から声をかけられた。

 

 「イシハラくん、きみ、キャラバンシューズもっとりますか?」

 「いえ、持ってません」

 「ほな、バスケットシューズでもええですから。藍染めはマムシ避けになるともいいますしな」

 「......あの、なにかするんですか?」

 「夏の合宿をするんですわ。芦生(あしゅう)言うて、京大の演習林があるんですけど、秘境でっせ」

 「はあ」

 

 なんでもその奥の方に捨てられた集落があって、少しずつ自然に戻っているから、その植生の変化を年ごとに追っているのだという。

かろうじて屋根が残る程度の小屋があるらしく、そこで寝泊まりするらしい。

体を動かすのは嫌いだが、アウトドア自体は嫌いではない。即刻参加を表明する。


 「出発は××日でええですか?」

 「はい。ところで部長、向こうではどんなことをするんですか?」

 「植生調査と、小屋の前の川で水生昆虫の分布調査と。ツチノコとニホンオオカミの調査はもうやりましたから、今年は水生昆虫を食べてみようと思うとるんですわ」

 「......あの、今なんと?」

 「昔からヘビトンボの幼虫は孫太郎ムシ言うて、漢方薬になるんでっせ。生態学を研究するものとしては、いっぺん食べなあかん思うんですわ」

 「......」


私としては真面目に「ツチノコ」の調査をしていたということの方がよほど驚きだったのだが、まあワタシを受け入れてくれたところだからと、遅ればせながら納得する。


さて、当日。

バスを乗り継いで終点へ。

そこに車を持っているメンバーがやってきて(彼は2時間近くかけて、また町へ戻る)、私たちと荷物を運んでくれるのだ。考えたら、みんなすごく親切だったなあ。


ふと振り返ると、部長がなんだかものすごい荷物を背負っている。


「あの、部長。......それは?」

「ああ、これは発電機ですわ。これがないと投光器がつかえまへんのや」


部長の趣味の中心に昆虫採集(ターゲットはカミキリなどの甲虫)があり、シーツに光を当てて夜間採集をするのだという。

確かに夜は、電球が使えてありがたいだろうけど......。

発電機は3、40キロ、灯油も同じくらいの重さがあっただろうか(ほとんど余って、また持って帰った)。これらを背負いながら、谷沿いの、すれ違うことも出来ないような細い道を一列になって通っていくのだ。


「イシハラくん、気いつけてくださいやー。ここは足場が悪いから、すべりおちたら痛いでっせー」

「......部長、この高さだと死ぬんじゃないですか?」

「人間なかなか死なんもんですよ」


みんな数十キロの荷物を背負っていてバテバテなのに、部長だけはなぜかはしゃいでいる。

この人、ふだんは穏やかでとてもいい人なのだが、こういう波長の違うところがなんか怖いのだ。


「これは自我の木いうんですわ」(実際はエゴノキ。その木が見えるたびに言うので、最後は誰も反応しなくなった)

「びるーのまちーに がもー」(蒲生さんという先輩がいたから)

「このへんはマムシが多いでっさかい、気をつけて歩いてくださいやー。三人目があぶないんでっせー」(この死の行軍状態で、どう気をつけろと?)

「奥の方に行くと、熊の爪あとがついとることがあるんですわ。イシハラくん、熊に遭ったときは死んだふりやなくて、熊に抱きつくとやられへんのですわ」(熊は手が短いから殴れないらしいが......それからどうするのだ?)


夕方小屋に着いたときは、みんないろんな意味で、もうへとへとだった。

それでも川で虫を探したり、上流で釣りをしたり(これは別の班)、何より毎日キャンプファイアー状態の食事は最高においしかった。

シチューに蛾が入ったら、指でつまんで捨て、また食べる。

ときどき、炭や(木の炭だったのかなあ......)羽虫が皿の間から覗くのも、野趣があっていい。

そういえば、ワタシは「コロギス」という昆虫がいるのを、この合宿で初めて知った。


次の朝早く。

二年の温厚な先輩が、らしからぬ叫び声を上げている。

なにやら、みんなで協議中のようだ。

態度のでかい一年生が、最後にシュラフから出てそっちへ近づくと......。


マムシだ!


私はその時、生まれて初めて生きたマムシを見た。

小屋の入口の、足下の木の上にとぐろを巻き、鎌首をもたげている。

入口付近は藪だし、これは危ないな。


「これは殺さなあきまへんやろ」、と部長。

二年生の先輩は殺生が嫌らしく、

「捕まえて川に放しましょう!」

と主張しているが、部長は、

「そないなこと!泳いで戻ってきたら同じですやろ、河原の方があぶないでっせ」

そう一蹴して、虫取り網で捕獲。

すぐに首をはね、てきぱきと皮を剥いでいった。


手慣れてる......。


「ヘビは臭いもんですけど、毒ヘビは全然臭くないですなー。そや、これせっかくだから(何がですか!)食べまひょか。ワタシはタマゴ(夏の終わりなので、マムシはお腹にタマゴを持っている)をいただきますから、骨のところはイシハラくん食べてええですよ」

「......ありがとうございます」


本当はけっこう嬉しかった。(笑)


あ、そうだ。マムシの話をしてたとき、部長がその毒性について言ってたんですけどね。


「マムシに噛まれたから言うて、そないにすぐ死んだりはせえへんのですよ。近くのばあちゃんが田んぼのところでマムシに噛まれたんですけどな、次の日の朝になってもまだ生きとったんですわ」


......部長、それ、こういう状況でされてもちっとも安心できませんから!(汗)

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://genbun.jp/mt/mt-tb.cgi/7

コメントする